神学大全第一部第十問題第二項
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第二項

[二八六〇二]第一部第十問題第二項第一異論

第二のものについては次のように進められる。 神は永遠ではないと思われる。

なぜなら、いかなる作られたものも、 神についてそれが語られるということができないからである。 ところで、永遠性は何らかの作られたものである。 なぜなら、ボエティウスは、「流れる今が時間を作り、 留まる今が永遠性を作る」と述べており、 アウグスティヌスも『八十三問題』の中で、 「神は永遠性の作者である」と述べているからである。 したがって、神は永遠ではない。

[二八六〇三]第一部第十問題第二項第二異論

さらに、 永遠性よりも前に存在するものと永遠性よりもあとに存在するものは、 永遠性によって測られない。 ところで、神は、『原因論』の中で述べられているように、 永遠性よりも前にも存在し、永遠性よりもあとにも存在する。 なぜなら、『出エジプト記』第十五章で、 「主は永遠にわたって統治し、 そして永遠を超えて統治するであろう」 と述べられているからである。 したがって、永遠であるということは神には適合しない。

[二八六〇四]第一部第十問題第二項第三異論

さらに、永遠性は一種の尺度である。 ところで、測られるということは神には適合しない。 したがって、永遠であるということは彼には適合しない。

[二八六〇五]第一部第十問題第二項第四異論

さらに、すでに述べられたように、 永遠性は同時的に全体的であるから、永遠性においては、 現在も過去も未来も存在しない。 ところで、聖書においては、現在、過去、 または未来の時制の動詞によって神について語られている。 したがって、神は永遠ではない。

[二八六〇六]第一部第十問題第二項反対異論

しかし反対に、アタナシオスは、「父は永遠であり、 子は永遠であり、聖霊は永遠である」と述べている。

[二八六〇七]第一部第十問題第二項主文

私は答えて言わなければならない。 すでに述べられたことから明らかなように、 時間という概念が運動の結果として生ずるのと同様に、 永遠性という概念は不変性の結果として生ずる。 したがって、神は最高度に不変であるから、彼には、 永遠であるということが最高度に適合する。 そして、彼は永遠であるのみではなく、自身の永遠性でもある。 それに対して、他のいかなる事物も、自身の持続ではない。 なぜなら、他のいかなる事物も、自身の存在ではないからである。 それに対して、神は自身の一様な存在である。 したがって、彼が自身の本質であるのと同様に、 彼は自身の永遠性でもある。

[二八六〇八]第一部第十問題第二項第一異論解答

したがって、 第一のものについては次のように言わなければならない。 「留まる今が永遠性を作る」と言われるのは、 我々の把握に関するものである。 なぜなら、時間の把握が我々の中に生ずるのが、 今それ自身の流れを我々が把握することによってであるのと同様に、 永遠性の把握が我々の中に生ずるのも、 留まる今を我々が把握する限りにおいてであるからである。 また、 「神は永遠性の作者である」とアウグスティヌスが述べているのは、 分有された永遠性についてのことであると理解される。 なぜなら、神は、 自身の不変性を何らかのものと共有するのと同じ方法で、 自身の永遠性を何らかのものと共有するからである。

[二八六〇九]第一部第十問題第二項第二異論解答

第二のものについての解答も、このことから明らかである。 なぜなら、神が「永遠性よりも前に存在する」と言われるのは、 非質料的な実体によって彼の永遠性が分有されているということにもとづくものだからである。 だからこそ、同じ箇所で、 「知性体は永遠性と等しくされる」と述べられているのである。 また、『出エジプト記』の中で、「主は永遠にわたって統治し、 そして永遠を越えて統治するであろう」 と述べられていることについては、 他の翻訳ではそうなっているように、 ここでは「永遠」が「時代」という意味に解釈されるということを知らなければならない。 したがって、 彼が「永遠を超えて統治するであろう」と述べられているのは、 彼がいかなる時代をも超えて、 すなわち与えられたいかなる持続をも超えて持続するからである。 なぜなら、『天界について』第一巻の中で述べられているように、 時代とは、個々の事物の周期以外の何物でもないからである。 あるいは、「永遠を超えて統治する」と述べられているのは、神は、 たとえ彼以外の何かが常に存在するとしても(一部の哲学者たちによれば天体の運動がそうである)、 彼の統治が同時的に全体的である限りにおいて、 そのようなものを超えて統治するからである。

[二八六一〇]第一部第十問題第二項第三異論解答

第三のものについては次のように言わなければならない。 永遠性は、神自身以外の何物でもない。 したがって、神が永遠であると言われるのは、 彼が何らかの方法で測られるという意味ではなく、 ここでは尺度という概念が単に我々の把握にもとづいて解釈されているにすぎない。

[二八六一一]第一部第十問題第二項第四異論解答

第四のものについては次のように言わなければならない。 さまざまな時制の動詞が神に帰属させられているのは、 彼の永遠性がすべての時間を包含している限りにおいてであって、 現在、過去、 そして未来によって彼自身が変動するということではない。

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