神学大全第一部第八問題第一項
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第一項

[二八五二九]第一部第八問題第一項第一異論

第一のものについては次のように進められる。 神はすべての事物の中に存在するわけではないと思われる。

なぜなら、万物の上に存在するものは、 すべての事物の中に存在するわけではないからである。 ところで、 「主はすべての民族の上にあって崇高である」云々と『詩編』で言われているとおり、 神は万物の上に存在する。 したがって、神は、すべての事物の中に存在するわけではない。

[二八五三〇]第一部第八問題第一項第二異論

さらに、何かの中に存在するものは、 その何かに包含されている。 ところが、神は事物に包含されず、むしろ事物を包含している。 したがって、神は事物の中には存在せず、 むしろ事物が彼の中に存在する。 アウグスティヌスが『八十三問題』の中で、 「彼がどこかに存在するというよりもむしろ、 万物が彼の中に存在するのである」と述べているのは、 このような理由によるものである。

[二八五三一]第一部第八問題第一項第三異論

さらに、何らかの作用者は、それが強力であればあるほど、 より隔たったものにまでその作用が及ぶ。 ところで、神は最も強力な作用者である。 したがって、彼の作用は、 彼から隔たっているものにまで達することができるのであり、 彼は必ずしも万物の中に存在するわけではない。

[二八五三二]第一部第八問題第一項第四異論

さらに、悪霊は何らかの事物である。 ところが、神は悪霊の中には存在しない。 なぜなら、 『コリントの信徒への手紙二』第六章で述べられているように、 光と闇との間にはいかなる交わりもないからである。 したがって、神はすべての事物の中に存在するわけではない。

[二八五三三]第一部第八問題第一項反対異論

しかし反対に、ものは、 どこであろうとそれが働く場所に存在する。 ところで、『イザヤ書』第二十六章で、「主よ、 あなたは私たちのすべての業を私たちの中で成し遂げました」 と言われているとおり、 神は万物の中で働く。 したがって、神はすべての事物の中に存在する。

[二八五三四]第一部第八問題第一項主文

私は答えて言わなければならない。 神はすべての事物の中に存在する。 ただし、本質の部分としてではなく、また付帯性としてでもなく、 作用者が作用する相手のものの中に臨在するという方法で存在するのである。

なぜなら、いかなる作用者も、 それが直接的に作用するものに結合され、 自身の力によってそれに触れていなければならないからである。 『自然学』第七巻の中で、 動かされるものと動かすものは同時に存在していなければならないということが証明されているのは、 このような理由によるものである。 ところで、神は、彼の本質による存在それ自体であるから、 創造された存在は、彼の固有の結果でなければならない。 それは、燃焼が火の固有の結果であるのと同様である。 ところで、神が事物の中でこの結果を生起させるのは、 それらの事物が最初に存在し始めるときのみではなく、 それらの事物が存在の中に保持されている間を通じてである。 それは、光が太陽によって大気の中で生起させられるのは、 大気が照らされている間を通じてであるのと同様である。 したがって、事物が存在を持っている間を通じて、神は、 その事物が存在を持つ様態に応じて、 その事物に臨在していなければならない。 ところで、存在は、いかなるものにおいても、 それの最も内奥にあるものであり、 より深いところで万物のうちに内在するものである。 なぜなら、すでに述べられたことから明らかなように、存在は、 事物の中に存在するすべてのものに対して形相的であるからである。 したがって、神は、すべての事物の中に存在しなければならず、 しかもそれらの最も内奥に存在しなければならない。

[二八五三五]第一部第八問題第一項第一異論解答

したがって、 第一のものについては次のように言わなければならない。 神は、彼の卓越した本性によって万物の上に存在する。 それにもかかわらず、すでに述べられたように、彼は、 万物の存在を生起させるものとして、万物の中に存在する。

[二八五三六]第一部第八問題第一項第二異論解答

第二のものについては次のように言わなければならない。 物体的なものは、 それらを包含するものとしての何かの中に存在すると言われる。 しかし、霊的なものは、 それらがその中に存在しているものを包含している。 たとえば、魂は肉体を包含している。 したがって、神もまた、 事物を包含するものとして事物の中に存在する。 万物が神の中に存在すると言われるのは、 それらが彼によって包含される限りにおいて、 物体的なものとの何らかの類似性によってである。

[二八五三七]第一部第八問題第一項第三異論解答

第三のものについては次のように言わなければならない。 いかなる作用者も、それがどれほど強力であろうと、 何らかの隔たったものに対しては、 その作用者が媒介を通じてそれに作用する限りにおいてでなければ、 その作用が及ぶことはない。 ところで、万物の中で無媒介的に作用するということは、 神の最大の力に属している。 したがって、いかなるものも、 それ自身の中に神を持たないほど彼から隔たっているわけではない。 それにもかかわらず、事物が神から隔たっていると言われるのは、 本性または恩寵の非類似性によるものである。 それは、彼が、自身の本性の卓越性によって、 万物の上に存在するのと同様のことである。

[二八五三八]第一部第八問題第一項第四異論解答

第四のものについては次のように言わなければならない。 悪霊の中には、神からのものである本性と、 彼からのものではない罪の醜さがあると理解される。 したがって、神が悪霊の中に存在するということは、 無条件に容認されるべきことではなく、 「それらは何らかの事物である」 という条件を付加した上で容認されるべきことである。 それに対して、醜くされていない本性を事物と呼ぶならば、 そのような事物の中に神が存在するということは、 無条件に言わなければならない。

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