神学大全第一部第七問題第二項
前のページ次のページ

第二項

[二八五〇二]第一部第七問題第二項第一異論

第二のものについては次のように進められる。 神以外の何かが本質によって無限であるということは 可能であると思われる。

なぜなら、事物の力は、それの本質に比例するからである。 したがって、もしも神の本質が無限であるならば、 彼の力は無限でなければならない。 したがって、それは無限の結果を生み出すことができる。 なぜなら、力の量は結果によって認識されるからである。

[二八五〇三]第一部第七問題第二項第二異論

さらに、無限の力を持つものは何であろうと、 無限の本質を持つ。 ところで、創造された知性は無限の力を持つ。 なぜなら、それは、 無限の個物に及ぶことのできる普遍を把握するからである。 したがって、いかなる創造された知性的な実体も無限である。

[二八五〇四]第一部第七問題第二項第三異論

さらに、すでに示されたように、 第一質料は神とは別のものである。 ところで、第一質料は無限である。 したがって、 神以外の何かが無限であるということは可能である。

[二八五〇五]第一部第七問題第二項反対異論

しかし反対に、『自然学』第三巻の中で述べられているように、 無限であるものは、何らかの根源から出るものではあり得ない。 ところで、神以外のいかなるものも、 第一の根源としての神から出るものである。 したがって、神以外のいかなるものも、 無限であるということは可能ではない。

[二八五〇六]第一部第七問題第二項主文

私は答えて言わなければならない。 神以外の何かが無限であることが可能であるのは、 限られた意味においてであって、端的な意味においてではない。

なぜなら、もしも我々が、 質料に適合する限りにおける無限について話すならば、 現実態において存在するいかなるものも、 何らかの形相を持っており、したがって、 その質料は形相によって限定されている、 ということは明らかだからである。 しかし、質料は、一つの実体的形相のもとに存在する限りにおいて、 多くの付帯的形相に対して可能態に留まるから、 端的な意味においては有限であるものが、 限られた意味においては無限である、ということは可能である。 たとえば、木は、自身の形相に関しては有限であるが、 それが無限の形に対して可能態にある限りにおいて、 限られた意味においては無限である。

それに対して、もしも我々が、 形相に適合する限りにおける無限について話すならば、 その形相が質料の中に存在するものは、 端的な意味において有限であり、 いかなる意味においても無限ではない、ということは明らかである。 しかし、 ある人々が天使たちについてそうであると考えているような、 質料の中に受容されているのではなく、 それ自体によって自存している何らかの創造された形相が、 もしも存在するならば、そのような形相は、 いかなる質料によっても限定されることも制限されることもない、 という限りにおいて、限られた意味において無限であろう。 しかし、そのような形で自存している創造された形相は、 存在を持っているのであって、 それ自身の存在であるわけではないのであるから、 そのような形相の存在が、受容されたものであり、 限定された性質に向けて制限されたものである、 ということは必然である。 したがって、 それが端的な意味において無限であるということは可能ではない。

[二八五〇七]第一部第七問題第二項第一異論解答

したがって、 第一のものについては次のように言わなければならない。 事物の本質がそれの存在それ自体であるということは、 「作られたもの」の性質に反している。 なぜなら、自存している存在は創造された存在ではないからである。 したがって、端的な意味において無限であるということは、 「作られたもの」の性質に反している。 したがって、神は、無限の能力を持ってはいるものの、 「作られたもの」ではない何かを作るということはできない (なぜなら、それは、 互いに矛盾することが同時に成り立つということだからである)。 それと同様に、彼は、 端的な意味において無限である何かを作るということもできない。

[二八五〇八]第一部第七問題第二項第二異論解答

第二のものについては次のように言わなければならない。 知性の力が、 何らかの意味においては無限のものに及ぶということは、知性が、 質料の中にあるのではない形相であり、 天使たちの実体がそうであるように、 全面的に分離されたものであるか、あるいは少なくとも、 肉体に結合された知性的な魂の中にある、 いかなる器官の現実態でもない知性的な能力である、 ということによって生ずる。

[二八五〇九]第一部第七問題第二項第三異論解答

第三のものについては次のように言わなければならない。 第一質料は、 それ自身によって事物の世界の中に実在するのではない。 なぜなら、それは、現実態にある存在者ではなく、 単に可能態にある存在者にすぎないからである。 したがって、それは、「創造された何か」というよりもむしろ、 「共に創造された何か」である。 それにもかかわらず、第一質料は、可能態である限りにおいても、 端的な意味において無限ではなく、 限られた意味において無限であるにすぎない。 なぜなら、それの可能態は、 自然的形相にしか及ばないからである。

神学大全第一部第七問題第二項
前のページ次のページ