神学大全第一部第六問題第一項
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第一項

[二八四六六]第一部第六問題第一項第一異論

第一のものについては次のように進められる。 善であるということは神には適合しないと思われる。

なぜなら、善の性質は、 様態と種と秩序のうちに成り立つものだからである。 ところが、これらのものは神には適合しないと思われる。 なぜなら、神は計り知れないものであり、 そしていかなるものに対しても秩序づけられていないからである。 したがって、善であるということは神には適合しない。

[二八四六七]第一部第六問題第一項第二異論

さらに、善とは、万物が欲求するもののことである。 ところが、万物は神を欲求しているとは限らない。 なぜなら、万物は彼を認識しているとは限らず、いかなるものも、 それが知られていないならば欲求されることもないからである。 したがって、善であるということは神には適合しない。

[二八四六八]第一部第六問題第一項反対異論

しかし反対に、『哀歌』第三章では、「主は、 彼を待ち望む者と、 彼を尋ね求める魂にとって善である」と述べられている。

[二八四六九]第一部第六問題第一項主文

私は答えて言わなければならない。 善であるということは、神には特に顕著に適合する。 なぜなら、何かが善であるのは、 それが欲求され得るものである限りにおいてだからである。 ところで、個々のものは、それ自身の完全性を欲求する。 そして、結果の完全性と形相は、作用者とのある種の類似性である。 なぜなら、いかなる作用者も、 自身に似たものを生み出すからである。 したがって、作用者は、それ自身が欲求され得るものであり、 善の性質を持っている。 なぜなら、作用者において欲求されることは、 作用者との類似性が分有されるということだからである。 したがって、神は万物の第一の作出因であるから、 善と欲求され得るものの性質が 彼に適合するということは明らかである。 ディオニュシオスも『神名論』の中で、神は、 「彼によって万物が存立する者として」善と呼ばれると述べて、 第一の作出因としての神に善を帰属させている。

[二八四七〇]第一部第六問題第一項第一異論解答

したがって、 第一のものについては次のように言わなければならない。 様態と種と秩序を持つということは、 原因から生じた結果である善の性質に属している。 それに対して、神の中の善は、原因の中にあるものとして存在する。 したがって、彼には、 様態と種と秩序を他のものに付与するということが属している。 したがって、これらの三つのものは、 原因の中にあるものとして神の中に存在する。

[二八四七一]第一部第六問題第一項第二異論解答

第二のものについては次のように言わなければならない。 万物は、それぞれに固有の完全性を欲求することによって、 神そのものを欲求している。 ただしそれは、すでに述べられたことから明らかなように、 すべての事物の完全性が 神的な存在との何らかの類似性である限りにおいてである。 そして、神を欲求するもののうちのあるものは、 彼を彼自身として認識している。 これは理性的な被造物に固有のことである。 それに対して、あるものは彼の善性の何らかの分有を認識しており、 これは可感的な認識にまで及んでいる。 また別のあるものは、より高次の他の認識者によって、 それら自身の目的に向けた傾向を与えられているので、 認識なしに本性的な欲求を持つ。

神学大全第一部第六問題第一項
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