すでに述べたことから明らかなように、 この聖なる教えの主要な意図は、 神についての認識を伝えることにあり、それも、 単に彼自身において存在する限りにおける 神についての認識を伝えることのみではなく、 諸事物、 特に理性を持つ被造物の根源であり目的である限りにおける 神についての認識を伝えることにもある。 したがって、この教えについて説明するという意図のもとに、 我々は、第一に神について、 第二に理性を持つ被造物が神に向かう運動について、 第三にキリストについて論ずることになるであろう。 キリストは、彼が人間である限りにおいて、 我々が神に向かって進むための道である。
ところで、神についての考察は、 三つの部分から構成されることになるであろう。 すなわち、我々は、第一に神の本質に関連することがらについて、 第二に位格の区別に関連することがらについて、 第三に神からの被造物の発出に関連することがらについて 考察するであろう。
そして神の本質をめぐっては、 第一に神は存在するか否かということについて、第二に、 神とはどのようなものであるか、 あるいはむしろどのようなものではないかということについて 考察されるべきであり、 第三に、神の働きに関連することがらについて、 すなわち神の知および神の意志と能力について 考察されるべきであろう。
第一のものをめぐっては、三つのことがらが問われる。
第一に、神が存在するということは自明であるか。
第二に、それは論証することが可能なことがらであるか。
第三に、神は存在するか。