神学大全第一部第一問題第一項
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第一項

[二八二三三]第一部第一問題第一項第一異論

第一のものについては次のように進められる。 哲学的諸学問のほかに別の教えを持つ必要はないと思われる。

なぜなら、 人間は理性を超えることがらを 知ろうと試みるべきではないからである。 かの『シラ書』第三章でも、 「あなたよりも高いことがらを尋ねてはならない」 と述べられているとおりである。 ところで、理性に従属させられていることがらについては、 哲学的諸学問において十分に伝えられている。 したがって、 哲学的諸学問のほかに別の教えを持つことは 不要であると思われる。

[二八二三四]第一部第一問題第一項第二異論

さらに、存在者についてのもののほかに教えは存在し得ない。 なぜなら、知られているものは単に真のみであり、 存在者と真とは置換されるからである。 ところで、 哲学的諸学問においてはあらゆる存在者について研究されており、 神についても同様である。 したがって、 哲学者が『形而上学』第六巻で明らかにしているように、 哲学の一部門は、テオロギア、すなわち神の学と呼ばれるのである。 したがって、 哲学的諸学問のほかに別の教えを持つ必要はないのであった。

[二八二三五]第一部第一問題第一項反対異論

しかし反対に、『テモテへの手紙二』第三章では、 「聖書はすべて神によって息を吹き込まれたもので、教え、戒め、 矯正し、正義へと導く上で有用です」と言われている。 ところで、神によって息を吹き込まれた書物は、 人間の理性によって作り出された哲学的諸学問には属さない。 したがって、哲学的諸学問のほかに、 神によって息を吹き込まれた別の学を持つことは有用である。

[二八二三六]第一部第一問題第一項主文

私は答えて言わなければならない。 人間の救済のためには、 人間の理性によって探究される哲学的諸学問のほかに、 神の啓示による何らかの教えが存在することが必要であった。 なぜなら、そもそも第一に、人間は、 理性の把握を超えた目的のために、 神に対して秩序づけられているからである。 それは、かの『イザヤ書』第六十四章で、「神よ、 あなたを愛する人々のためにあなたが準備したことがらを、 人間たちの目は、 あなたによらずして見ることはありませんでした」 と言われているとおりである。 しかし、その目的は、 自身の意図と行為をその目的に向けて秩序づけるべき人間たちに、 あらかじめ知られていなければならない。 したがって、人間にとって、 人間の理性を超えたことがらが神の啓示によって知らされることが、 その救済のために必要だったのである。

さらに、 人間の理性によって探究することのできる 神についてのことがらに関しても、 神の啓示によって人間に与えられることが必要であった。 なぜなら、神についての真理は、 それが理性によって探究されるとするならば、少数の人々によって、 そして長い時間をかけて、 そして多数の誤謬とともに人間にもたらされたであろうからである。 しかし、神のうちに存在している、人間の完全な救済は、 そのような真理の認識に依存しているのである。 したがって、人間たちに対する救済が、より適切に、 より確実にもたらされるためには、 神についての真理が神の啓示によって教えられる必要があった。

以上の理由によって、 理性によって探究される哲学的諸学問のほかに、 啓示による聖なる教えを持つことが必要だったのである。

[二八二三七]第一部第一問題第一項第一異論解答

したがって、 第一のものについては次のように言わなければならない。 確かに、人間の認識よりも高いことがらを、 人間は理性によって探究するべきではない。 しかし、それが神によって啓示されたならば、 それは信仰によって受け入れられなければならない。 したがって、前述の引用は以下のように続く。 「人間の悟性を超えた多くのことがらがあなたに示された」と。 そして、 聖なる教えはそのようなことがらから成り立っているのである。

[二八二三八]第一部第一問題第一項第二異論解答

第二のものについては次のように言わなければならない。 認識され得るものに対する観点が異なれば、 学もまた異なるものとなる。 たとえば、天文学者と自然学者は、 たとえば地球は丸いというような同一の結論を論証するが、 天文学者が、数学的な方法、 すなわち質料からの抽象という方法を使うのに対して、 自然学者は、質料をめぐって考察される方法を使う。 したがって、 哲学的諸学問が自然理性の光によって認識される限りにおいて 取り扱うものと同じことがらを、 別の学が、 神の啓示の光によって認識される限りにおいて取り扱う ということを妨げるものは何もない。 したがって、聖なる教えに属する神学は、 哲学の一部分とみなされるあの神学とは、 類が異なっているのである。

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